チキンコラム|夜をこめて鳥の空音ははかるとも よに逢坂の関は許さじ

チキンコラム|夜をこめて鳥の空音ははかるとも よに逢坂の関は許さじ

僕はね、非常に文学的な鶏頭でありますのでね

こういった文学的なことについてもお話したいなと思うわけです。

今日は清少納言さんの詠んだ歌についてお勉強したいと思います。

こんな風に知的な会話がしたいものです。

現代はほんとなんでもSNSやメール、LINEなどで文章や意思表明が出来る時代

アメリカのブラックジョークも好きですがこういった奥ゆかしい

冗談?も言ってみたい。

ちなみに僕が一番好きなブラックジョークは

たこには9つも脳があるのにあなたには1つもないみたいね

ピクルスとピーナッツ

です、最高のディスり。

アメリカのブラックジョークを楽しく学ぶなら間違いなくピクルスとピーナッツがおすすめ

狂ったピクルスと狂ったピーナッツと狂った馬が出てきます

際どい新触感ってなんやねん。

夜をこめて鳥の空音ははかるとも よに逢坂の関は許さじ

さてこの清少納言が枕草子でも詳しく書いた歌の意味ですが

非常におこです、清少納言は激おこです

簡単に言うと、楽しくおしゃべりしていた藤原行成くんが

適当な言い訳して帰っちゃったことへの怒りの歌を

歌ってます、歌になるだけで急にはんなりしてますが清少納言は激おこです。

意味としては

まだ夜なのに鶏の鳴きまねをして朝だと勘違いさせるような謀略をもってしても、私はあなたとは会いません

なんのこっちゃと思いますが

昔中国で鳥の鳴きまねをして関所を越えた強者がいました

関所は昼は空いてますが夜は閉まってしまうので

夜のうちに関所を越えたい強者は鳥の鳴きまね名人を使って見事

夜のうちに関所を越えたという逸話があります。

ニワトリの鳴き声の真似をして関所が開いちゃうっていうのは

時代を感じます。

そのことを知っていた清少納言は

「どんなことをしてもあなたと私の間にある逢坂の関所はあくことはありませんよ」と言っています。

高貴な貴族のレベルの高いやり取りは現代になっても学ぶものがあって面白いです。

枕草子自体は読破したわけではないのでまだまだ理解が足りずきっと2割も楽しめてないですが。

読み込んで理解すれば奥ゆかしい貴族のやり取りに感動すること間違いなしです

何より言葉が綺麗なので心を洗う気持ちで見ていたい。

なぜ鳥の鳴き声は朝を告げる代名詞となったのか?

まずはこの発表を見て欲しい、解明されたのが2013年という最近であることにまず驚きました。

http://www.nagoya-u.ac.jp/about-nu/public-relations/researchinfo/upload_images/20130319_wpi.pdf

ちなみに我々、ニワトリの「コケコッコー」は紀元前から朝を告げる「音」の代名詞として活躍してきました。

我々ニワトリの雄鶏は夜という暗く冷たく苦しい闇の世界を生き抜き

雌鶏に「俺は夜を越えて生きているぞ!」ということを知らせるために鳴いているのです

けっしてニンゲン共に朝を告げているわけではありませんのでそちらご留意いただきたい。

しかし清少納言さんの歌に出られたのはうれしい限りである。

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