チキンコラム|美しいとか綺麗とか

チキンコラム|美しいとか綺麗とか

今日のコラムは完全に主観でしかお話しないので

面白くない人、僕と感性が遠い人は多分面白くないです。

トリアエズyoutube見ます。

ニンゲンどもはどうしても飛んで見たいらしく、我々の背中に重たいカメラなんて乗せて擬似体験してます。

しかしGOproはすごいですね、我々鳥類は飛ぶために完璧なフォルムを追い求め

常に進化と退化を繰り返している高等生物です。

なので自分の体と違うものが乗ったら本来の飛行は出来なかったりしますが

全く抵抗なく装着しています、そして素晴らしい狩りっぷり

見て欲しい。

小型かつ軽量、素晴らしい製品です。

gopro欲しいな、高いな、買えないな。

さて本題

美しいとか綺麗とか

今回は本当に僕の主観のお話

タイトルにある通り、美しいとか綺麗とかってのは

マイノリティーであればあるほど肩身が狭かったりする

そして誰かに認められないと広まることはない。

僕が美しいと思うもの

例えば道端に咲いている花

道端でひっそりとでもしっかり生命の営みをしている

そんな強さに美しさを感じる

何が言いたいかというと

バックボーンに何があるのか?

その対象の表面だけを見て判断していないか?

人の心を動かすほど綺麗で美しいものが表面上だけのはずがないのです

美術館にある作品がなぜ美しいかというと

その作品が生まれるまでのたくさんの葛藤と努力があったから

その作品に対する熱量が違うからです。

浅い見た目だけの美しさになんてコレッポッチも魅力は感じません。

最近の飲食業界は少しこういった傾向が強いように思う時がある。

そんな中で

昨日見た東京のSio海賊団の方々のプリンのツイート

なんか熱量が違います、上に乗ってるホイップももはや僕には謎の量に見えますが

シンプルを極めて突き詰めた美しさがあります。

美意識というのはおそらくこだわり抜いた先に宿ると思いました

茶の湯の利休居士は言いました、「茶は服の良きように」

一服のお茶をどれだけ美味しく飲んでもらうかにしかフォーカスしていません

しかし考えれば出来ることは山ほどあります

このsio海賊団の方々も「プリンは美味しく」

をただ突き詰めた結果なのです。

出来ることをとことん妥協なくやり込んだ結果があのプリンなのだと思います、食べたことないけど。

おそらくもう次に究極に向けてプリンの改善に取り組んでいるんじゃないかな?

毎日が現時点で最高であることを目指すことが美しさにも必要だと思う。

ニンゲンが作る美しさにはそういった美学があるんじゃないかな。

美意識の共有って実は難しいなぁと感じるので言語化してみた。

美しいの対岸にいる醜い、汚いの共有も実は難しいんだなぁ

見て見ぬ振りとマジで何も思わない勢に綺麗を共有することはエベレストを登るより難しい。

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